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2006年04月27日

トレーニングにて、レッチリを聴く。

 i-podを聴きながらトレーニングする。エアロバイクを漕ぎながら色々と試してみたのだが、一番合っていたのは何と言ってもレッチリのベスト盤だった。あまり複雑でもなく、何も考えてなくとも一つ一つの音が頭に入ってくる音楽である。(それって考えると恐いね)レッチリとは言ってもこのベスト盤に収録されている曲はほとんどが切なく喪失感丸出しのメロウ系の曲が集められたものなので、「いわゆる」レッチリとは違うのかもしれない。
 ボクは特にレッチリのすごいファンではないが、「カリフォルニケイション」というアルバムだけは良く聴いていたので、それはなんだかボクの記憶に刷り込まれてしまったかのようである。それらの曲はボクにある限られたイメージを喚起させる。その頃ボクは一人でシドニーで暮らしていて、朝から晩までラジオを聴いていた。(ラジオでのみ良く聴こえる音楽というのもある。)一人で外国で生活する開放感や、開放感があるだけに深い孤独を噛み締めるように味わっていたように記憶する。それでもあれは得難い経験だった。レッチリのメロウな曲群はそんな感情を思い出させる。
 あの喪失感は一体何なのだろう?と言うか、レッチリに限らずアメリカのオルタナティブ・ロックからは同じような印象を受ける。それはまるであの広大な大陸に呪いがかけられてるがごとき、逃れようとしても逃れられない「悲しみ」を一様に感じてるのだろうか?それが世界中の若者の心を打つのだろうか。
 ある意味では音楽はそれぞれが抱えている、とても表には出せない/出したくない感情を大きく誇張した形にして取り出してみせるアートフォームである。だからアメリカ人の心の裏側/ダークサイドは世界中のそれと同等なのだと言える。それはあなたにもあるし、ボクにもある。それが音楽というフォームをとって、メロディやリズムとなって、それを好きになることで癒される部分があるのだろう。心の奥底にはまだまだ表面化していない感情が潜んでいる。ボクは時折それを引っぱりだし、救い出そうとする。それがボクにとっての創作という行為だ。時にそれはボクを打ちのめし、奈落の底に突き落とされる事もあるが、そこから救い出してくれるのもまた創作に他ならない。

 ところでアメリカはあれだけ繁栄を極めようとする超アッパーで良くも悪くもイケイケ(古いか)な国であるにもかかわらず、そのようにして(計らずも)ヒットする曲は喪失感バリバリだったりする。シェリル・クロウを東京で聴いても単なるイモっぽいロックだが、アメリカの例えば国境付近のモーテルのダイナーでグッタリ疲れているところでラジオでかかってたりすると、もう本当に何の留保もなく心にスゥッと入ってくるものである。また、アメリカ文学も生きる事のつらい側面を描いたものに素晴らしいものが多い。(なので、「最近何か面白いの読んだ?」と聞かれても、困る。それはとても心を打つものではあるが、「面白い」なんて一言では片付けられないものだからね。)ああいう態度をとるし、また非道い事をたくさんやっているのですっかり嫌われものになっているアメリカだが、その心の奥は計り知れない暗闇を抱えている人間のようだ。なんとなくボクはそれが哀れでも、ある。
(ps、レッチリの新作も出るらしいですね。ポッキーに買わせてみよう。)


(ps、CFAC通信)こんな写真が送られてきました。
CFvsKumaku.jpg
ハハハ、良いね!沢山の人からクラブへの入会希望や、今度CFを食べてみます、とのメールがきてます。写真も面白いので、何かあれば donuts@thezoobombs.com に送って下さい。

2006年04月25日

漬け物石のように固くて重い。

 渋谷に映画『DIG!!』(http://www.kingrecords.co.jp/dig/)を見に行きました。これは二つのバンドを7年間追い掛けて作ったドキュメンタリーで、(非常に大雑把にいって)片やSell Outして成功し、片や自己の芸術性/ポリシーに忠実に活動を続けている、と絵に描いたような悲喜劇である。とても興味深い内容だった。というより、ある部分においては頭が痛く、ある部分では胸が痛み、時に目には涙が浮かび、最終的にはお腹が痛くなって早退します……、みたいな気分にすらなった。おそらくその2時間の間ボクの表情を捉えられてたらとんでもない事になったであろう。一人で良かった。ホッ。
 いずれにしてもボクらミュージシャンにとって芸術性と経済性というのは常に大きな問題である。自分の稼ぎは自分であげるのは、至極当然の事ではありますけどね。そういう意味でライブにお客さんが来てくれるのは本当に嬉しいし、物販がひとつでも多く売れるのはかなり実感を伴った喜びである。
 それでも何よりステージで演奏できる事は何事にも変え難い喜びである。昨年のアメリカ/カナダ国境で入国拒否に遭い、このままステージに立てなくなってしまったらどうしよう、なんて経験をすると、それが刺青のように心に刻みこまれてしまう。演奏したくても演奏出来なかったあの経験はバンドを大きく変えたと思う。入国するために、またステージに立つためにボクらはかなり必死になったし、あの「必死」さはボクらに本来の意味で「自分達のやりたい事」を浮き彫りにしてくれた。だからどのような事があってもズボンズはいつも良いステージをやる「決心」をしているのだ。それは漬け物石のように重くて固いものなのです。

 ………と帰りにコージーコーナーで買ってきたシュークリームを食べながら思う夜中である。(ボクは、実はシュークリームも大好きなのだ。でもわりにコージーコーナーくらいで満足してますが……。愛好クラブは作りません。)

 ビジネス。………今日はジャマネの渡会氏にスケジュールをどんどん発表してはイカンと注意される。キミは音楽にだけ集中していなさい、と。……ハイスミマセン。というわけでボクの発表は、えー、あくまで予定という事で理解して下さい。6月にシングルが………オット!


 (CFAC通信)昨日、吉祥寺のミスドに行きました。CFがトレイに山積みになっていたので「イケルかも」と思ったのだけど、やはり駄目でした。人気ないのかな?ボクのペースはCF1に対してコーヒー2である。ポッキーはエンゼルクリーム派(というより、ポッキは生クリームなら何でも好き)で、ドーナッツ1に対してコーヒー3分の2でしかもクリーム&砂糖をいれます。CFの食べ方はC部をどう最後まで生かすか、による。

2006年04月21日

コバナシ。

 どんな雑誌にもあると思うけど、読者投稿の「小咄」、あれなかなか良いですよね。時に笑わせ、時に泣かせられたりして。あんな日常のフとした瞬間に存在する「なんか変」なストーリーって誰にでも(数多く)あって、誰かにそれを伝えたいと思うんでしょうね。こういうのズボンズwebでも募集したら面白いかもしれない。もしかしたらポール・オースターの『トゥルー・ストーリーズ』みたいな感動的なページができるかも………。(とは言え、今日読んだのは「車で買い物に突き合されて、スーパーの前で延々2時間も待たされて怒っていると、妻は車で来た事をスッカリ忘れてて歩いて家に帰ってお茶してた」とか「鼻毛橋」という名前のバス停留所の写真の投稿みたいなバカ話でしたが……。感動的な「小咄」は皆無だった)

 とかぼんやりと考えた午後でした。(無駄な一日ですね)

 昨晩のライブ、お客さんの歓声バッチリだったね。皆さん発散できましたか?お腹から声出すと長生きするらしいデスヨ。今度はもっと照明を暗めにするので、気○ガイのように声を出してみよう!物事には色々なステップがあるものです。ボクは思うのだが、最近ようやく「ズボンズは東京ベースのバンドだなぁ〜」と実感できるようになったような気がします。大声で迎えてくれるお陰です。そしてもっとリラックスして見たい人は後方でニコニコ。万事、良い方向にむかってますね!東京がMy Hometownと思えるようになれたら、きっとそれはボクにとって本当に嬉しいことだな。

 監督のナツメくんに「今日はPopだったね」と言われました。そうかもしれない。
 ex-マネージャーのヨシに「今日はライトでしたね」と言われました。そうかもしれない。
結局二人は同じ事を言ってるのかもしれない。いずれにしてもバンドは常に次のステップへ向かっているのだ。


(CFAC通信)
会員でない豆熊にCFの代用品、「切腹最中」をいただく。確かに内臓がお腹かからはみ出るがごとく、つぶ餡が皮から顔を覗かせてましたが、このネーミングのセンスは如何なものか……。おいしくいただきました。

2006年04月19日

業務的御挨拶。

 チョコファッション愛好クラブの方々、こんばんは。(そうでない人も、一応)

 日々研究を重ねてますか?その成果、逐一連絡して下さい。ボクもがんばります。今はコーヒーとCFを食べ進む際の割合の黄金率について考えてます。まずC部が先か、F部が先か。とか。

 明日はライブです。残念ながら渋谷にはミスドがないのでスターバックスでがまんですね。(ただしCFに比べてスタバのチョコチャンクスコーンは失敗が少ないと思います。だからこそ美味しいCFに価値あり、とも言えますが。)皆さんよかったら明日見に来て下さい。できたらCFに相当する何かプレゼント下さい。(子リスみたいに厚かましい。)

 あー、そうそう、いつものように大歓声お願いします。もうワーワーキャーキャー好きなだけ叫んじゃって下さい。何の躊躇もいりません。日頃のウップンを晴らすかのごとく、ここぞとばかりに色々な意味を込めて大声を出しましょう。………何か楽しそうじゃない?

 じゃあ、明日!!

2006年04月17日

チョコファッション愛好クラブへようこそ。

 と言う訳で、ドーナッツについての話です。

 前にも書いたけど、最近ドーナッツ屋に行くと店員のお姉さんにクスクス笑われる事があります。ボクはチョコファッションしか食べないので、それを注文すると更にクスクス。そうしてトレイを持って席に付くと斜め前のお客がジロジロ見ながらクスクス。場合によってはわざわざコッチまで出向いてきて「本当にチョコファッションなんですね〜」と言われたりする。チョコファッションを食べるのはそんなに変なことなんスかね?でもボクはやっぱりチョコファッション&コーヒーなのだ。(ミスドでドーナッツたくさんとお水という人もいるけど、あれはやはりどこかおかしいと思う。ミスドに来て「牛乳と肉マン!」というのもいたけどね。それはもう人でなしの域です。)先日書いた最短距離の問題と同じようにボクはミスドに足を踏み入れたら、「チョコファッションとコーヒー下さい」なのである。そこには何の留保もないし、シンプルでイージーだ。(別のヴァージョンとしてビスケットとミルク、というのもある。)

 何故ここまでチョコファッションが好きなのだろうか?ポン・デ・あずきホイップではなく、カスタード・フレンチでもなく、アメリカン・フルーツJrのストロベリーでもなく。「あのサクッとした食感が」とか、「生地とチョコのハーモニーが」、「コーヒーとの相性が」とか、色々と理由はあるのだと思うのだけれど、ボクのチョコファッション(もう面倒なので以下CF)好きのルーツがあった事を思い出した。それはソロツアー中の福岡に4日間滞在していた時、コンビニに寄って発見しました。ジャーン、『マンハッタン』です。これはボクの子供の頃からあった菓子パンで、好きでしょっちゅう食べていたのでした。考えてみるとコレは九州以外では見た事がないので全国流通していないのでしょうね。でもおそらく(少なくともボクの世代は)マンハッタンに特別な思い入れを持っていると思うし、ましてや嫌いだなんて言う人はいないんじゃないかな?ボクなんか学校でパンを買う日はいつも決まって「サラダパン(これも定番だったがもうないみたい)とマンハッタン」を注文していた。
 
 このマンハッタンはどのようなパンか?ドーナッツ生地をサクッと揚げてチョコレートが付けてある……CFの袋入りヴァージョンじゃないデスカ!!つまりミスドができる何年も前から九州の子供達はCFの味を覚えていた事になる。だから気取った理由もなく、なんの哲学もなく、ボクはCFを選んでしまうのだ。それはほとんどDNAレベルの話なのです。もちろん、高校の購買部にレギュラーコーヒーのようなシャレたものはなかったので、マンハッタンとお水だったと思います。(そうか高校生はそれでも大丈夫なんだ!発見した。)コーヒーとドーナッツという切っても離せない関係はやはり都会の大人の関係なんですネ……。

 それで改めてマンハッタンとCFを比較して、どうだったか?なんといってもCFに永遠に軍配があがります。皆さんもチョコファッション愛好クラブに加入しませんか?もちろん、ミスドではチョコファンション以外のドーナッツを食べる事は許されません。(飲み物は好みで)どのお店のどの時間帯のCFがおいしいか報告して下さい。待ってます。ボクも随時報告します。

※マンハッタンはリョーユーパン(http://www.ryoyupan.co.jp/index.html)の商品でした。


ps1、ドーナッツを上手に食べるのは、これまた難しい事である。あのリング型からC型に至り(ココが一番難しい!)、きれいにバランス良く最後まで食べきるには、いささか修練が必要だと思うのですが、いかがでしょう?なんかそんな事考えてしまう……。だからズボンズでドーナッツを食べるのが一番遅いのはボクなのだ。(ちなみに一番早いのはポッキー。昨日も皆で話ながら食べてて、ボクが3分の2残ってるのにポッキーは2個食べ終わってた!ボクのコーヒーはなくなりかけてたが、ポッキーのはまだあった。そりゃないぜ、BOY!)

ps2、同じく長崎には門外不出の『ブラックモンブラン』というかっこいい名前のアイスがある。これも県外で見た事がない。『グリーンモンブラン』という別ヴァージョンもあったんだけどね。『ミルクック』は全国にあったのでしょうか??みんなそんな思い入れのあるお菓子あるよね。

2006年04月15日

こんちゅうはかせ。

 今日、東横線の電車に乗ったら蟻の匂いがした。春だからでしょうか?
 ボクは子供の頃無類の虫好きで、町に出る度に本屋で昆虫図鑑を購入していた事を思い出した。親は服を買わせようとするのだが、ボクはそれを諦めさせて何冊も虫の本を買っていたのだ。なのでウチには昆虫図鑑が10冊以上あったハズだ。どの昆虫図鑑にも載っている虫自体はそれ程変わらないが、図版のアングルが違っていたり新しい発見があったりすると、とても幸せな気分になれていたように思う。小さい頃は一人で長いこと昆虫図鑑を眺めて遊んでいた。かなり手のかからない子供だったに違いない。今もしムシキングを始めたら、とても強いだろう。(それが次は自動車になり、あしたのジョーになり、絵を描くことになり、ロックになる。それ以後あまり熱中するものに変化がない。不思議だ。)
 そう言う訳でボクはわりに虫について詳しく、「あ、シジミチョウだ。」とか、「アキアカネを見ると季節を感じるな。」とかポロッと出てしまう。三つ子の魂百まで、というやつですね。(「マンモス西みたいにうどんが大好物なんだよな。」とか言う時もあるけどね。)

 とまた今回もチョコファッションについて書くことはできそうにないね。

2006年04月14日

チャレンジ&ガミガミ

 書き込み、みんなはできるみたいですね。ボクのラップトップ(i-book)からは上手くできないんですよね。何故か変なギリシャ文字みたいなのが出てくる。(投稿すると日本語になってた)じゃ、取り敢えずこのままにしておこうかな、面倒だし。でもコメントは気軽に書き込んで下さい。見たよ、くらいな感じで。

 さて、今日は何故にボクはチョコファッションが妙に好きなのか?それについて書こうと思ったのだけれど、……疲れました。明日にでも書こうと思います。最近ミスドに行くと店員に笑われたりします。

 NEWSにもあるように、6月はシングル発売です。明日ケンタロスタジオでマスタリングして完成なのだ。でもボクの頭の中はアルバムのことで一杯である。スタジオに入るとメンバーをガミガミと怒る。新しい音楽を作り上げようとしているのが分かる。簡単にできる「いつもの」ズボンズ、ではなく常にチャレンジ&可能性を追求する事は決して容易ではない。まったく最短距離とは言い難いが、その先にあるものを見たいと思うし、そうしなければ気が済まないのだ、結局のところ。期待して待ってて下さいね。

 今日は渋谷O-nestにライブ見にいった。来週の木曜日にはズボンズの久しぶりのライブだ。カッコ良くやろう。何はともあれ。http://www.thezoobombs.com/news/

2006年04月13日

午前10時、国分寺、車中にて。

 朝、図書館へ。フィッツジェラルド、リチャード・ブローティガン、チャールズ・ブコウスキー、ラッセル・バンクス、を借りる。読みたい本にはその時々の傾向があって、今はアメリカの70年代以前の作家の短編集である。アメリカの文学は、あれだけ繁栄に突き進もうとしている鼻息の荒い国であるにもかかわらず、挫折・どうにもならない感情を描いているものに良い本が多い。そこには深い深い悲しみがベットリとこびり着いているかのようだ。複雑な国である。
 
 車を運転しながら考えた事。
 ボクは無駄に時間を使うのがすごく嫌いな男である。なのでちょっとでも時間があると、本を読んだり、ノートに何か書き込んだり、曲を作ったりする。どうしてこういうパーソナリティが形成されたのかは考えた事はないが(時間がない)、ボクのライフスタイルはそれで概ね上手く行っているのだと思う。例えば、車を運転していてもなるべく最短距離を走ろうと思うし(カーブでのハンドルの切り方や、ブレーキのかけ方、シフトチェンジのタイミングも考えたりしてる)、そこには留保はない。そしてそれはボクにとってまったく自然な行為だ。これで良い。
 しかし、ボクの妻Mはそれとはまるで違う回路の持ち主で、車に乗っていても(彼女は運転しないけれど)今まで走った事のない道を行く事を好む。違う道を行くというだけでワクワクと嬉しそうにしている。正常な/真っ当な/普通の道からこぼれ落ちた物に対して(場合によってはそれだから)愛情/愛着を持つ人間である。それはボクにとっては無駄の多い行為のように感じられる時もあるのだけれど、しかしそのお陰で、(少なくともボクは)大きな恩恵を授かっている。場合によっては彼女の見つけだした新しい道の方がより近道だったりするからだ。お互い見るポイントが違うのはとても良い事だな……。

 と最短距離のいつもの道を走りながら考えた。「そこに道は沢山ある。しかしオレは一人ならいつもの道しか行かないだろうな。しかしもっと可能性のある道はアルノカモシレナイ………」

 そろそろこのブログも引越ししようかと思う。(コメントが書き込めない為)ついでにタイトルも変えようかとも思うが、どうでだろうね。

2006年04月12日

リアルワールドにて。

 東京は雨だ。今日みたいな日にスフィアン・スティーヴンスは寄り添うようにシックリくるね。(コメント、どうもありがとう。コメントを返そうと思ったのだけれど、どうも上手くいかない。今まで、どうもコメントが無いなぁと思っていたのだが、このブログのシステムに問題があるみたいですね。近い内に改善します。コメント沢山書いて欲しい。ひゃっこくらい。)

 5月6日のソロライブの打ち合わせで渋谷へ。エレキベース(http://www.waikikirecord.com/elekipage/)と共演する事になっている。彼等はすごくPOPなバンドで、かなり意外な組み合わせだ。しかし、何かできる事があると思う。今迄のソロライブとは違う感じをやってみようと思う。今考え中だ。(なんとリハもやる事になった。新曲でも書こうかな)エレキベースのサカモトくんはズボンズが最初にQueでワンマンやった時に見にいって感動したと言う。(もう9年前だ)その日の事を覚えている。始めてDon't Diddleyをやった。ボクはピンク色のTシャツでステージに上がったハズだ。

 その後新宿へ。

 新宿はシティだ。とてもオカシナ都市生活者がいる場所である。ミスドにいたのだけれど、ボクの斜め前の席でしきりに長髪をいじってた痩身の(妙ではあれど)美人は、男だった。(電話の声で発覚)隣の席ではコピーコントロール下のCDやDVDをどうやってコピーするかを彼女に解説しているバンドマンがいた。街で見た買い物袋を下げたオバサンは、とても猜疑心の強いネズミのようだった。ボクタチハサマヨッテイルノダ。もちろん、チョコファッションはしっとりと湿気を帯びていた。リアルだ。

2006年04月10日

今日は昨日の翌日。

 国分寺に引越してきて丸2年。ようやく最後の部屋のペンキ塗りが終了。こういう事ってやる時にやってしまわないとズルズルと長引いてとんでもない事になってしまう。最後の部屋もとんでもない物置きになってしまっていた。これからは「作業部屋(兼物置き)」ではなく、「アトリエくん」になっていただこう。

 先週末、風邪かと思っていた症状だが実は花粉症だったみたいです。だから安心という訳ではないのだけど。Limited EXの飯田くんは手術(シリツ?)してスッカリ治ってしまったと言っていた。ボクも真剣に考えなければ。この時期のライブやレコーディングはちょっとキツイもんね。

 昨日はバンドのリハーサル。新曲2曲を試す。メンバーには今迄以上の「何か」が常に求められている。1曲でマッタちゃんはギターを弾いている。キマりそうなのでこれは来るニューアルバム用にストック。ボクはもう1曲のアイデアがあり、それが完成したらあと3曲書こうと思う。すでにアイデアの萌芽は確認している。

 スフィアン・スティーヴンス(Sufjan Stevens)の素晴らしいアルバム"ILLINOISE"を注意深く聴く。若くナイーヴでとても信仰心の強いサウンドだ。音楽のアイデアもとても気が効いている。

 また活動的になるときだ。

2006年04月07日

どうやら風邪みたいです。

 なんとも調子が悪い。とは言え、ズボンズのオーストラリア・リリース&ツアーも(ようやく)詳細が発表となり、今日エアチケットの予約も済ませた。なんと4年振りのオーストラリアである。なんとなく「帰る」気分があって、とても嬉しい。楽しみである。ゴホゴホ。

 渡会氏と打ち合わせ。ズボンズのリリースに変動が!?詳細はもうすぐです。しかし何故だか渡会氏との打ち合わせはいつも2時間以上に及ぶ。週に1回は会っているというのにね。もちろん事態は着々と進行しつつあるんです。今日はボクがFlaming Lipsのnew album"at WAR with the mystics"を聴いてたら、「お、WAR?懐かしいね。」とWAR違いのトコロから話しは始まった。彼はプロモーターでもある。ゴホゴホ。

 夜はコロッケ。おいしかった。早めに寝よう。

2006年04月04日

クレイマークレイマー#5

 問題はMの熱が再び上がってしまった事だ。確か昨日は平熱近くまで下がったようだったが、今日はまた39度を超えている……。ムム、いかん。医者に連れていかないと。

 という訳で、Mはまたもボクの足元で眠り続けている。時々変な寝言を言う。(寝言は概して変なものだけど)さすがにボクは今日は仕事を諦め、Mの側にずっといる事にした。Mは食欲もないらしくほとんど食事していない。ボクも昼にスパゲティ、夜は蕎麦を茹でて食べた。
 
 明日はマッタちゃんもが帰ってくるので父子二人生活も終わりだ。この間やろうと思っていた事は何もできなかった。二人の親密な会話もなかったし、浅草にも行けず、部屋のペンキ塗りは半分残ったままだ。子供の病気はすべてのスケジュールを強要する。しかし、そんなものである。またこのような機会があると良いなー。ところでマッタちゃんは明日の何時の飛行機で戻ってくるのだろう?考えてみたら渡英先のホテルの名前や連絡先も知らなかった。

 車を運転しながら人が感じる色々な「犠牲」について考える。ボクらは色々なシチュエーションで自分を犠牲にして人生を送っていると言って良い。語弊はあるが、子育てなどは犠牲そのものである。でもボクは考えるのだけれど、如何に大きな犠牲と言えどもそれを上手にたくさんの人に分配すればそれぞれが小さな犠牲を払うだけで負担はグッと減るのではないかな?(100万円の借金を100万人に負担してもらえば一人1円で済む。子供っぽいたとえだけれど)自分が堪えて堪えて犠牲になるよりは、ポーンとたくさんの人にそれを分ければいい。大きな犠牲は堪え難いものだけれど、小さな犠牲はちょっとした我慢でできる。(例えば美味しいケーキ1個で済んでしまう)「犠牲の肩代わり」である。相手に悪いんじゃないか、と考えてはイケナイ。自分も相手の「犠牲」を時々は引き受ける事になるし、これは決して一対一の話ではないだろう。もっとグローバルな、全体の関係でうまく持ち回っていけば良いのである。ぶっぶー!と、車中でFEN(古いね)を聴きながら考えたのでした。その辺もっと柔軟にやっていければ良いなぁ!と。そうすればクレイマーvsクレイマーも起こらなかったかも、しれない。

 色々考えるね、オレも。

クレイマークレイマー#4

 今日はMは保育園をお休み。本当なら今日からクラス替えになってるハズだ。世間一般も今日から新学期なのかな?桜は散りつつありますね。

 午前中ボクは2階の部屋のペンキ塗り。Mは1階で自分のクルクルちゃんワールド作り(手製のバーバーサインもどきをいくつも持っており、それを色々と配置して店の名前をつける。M定番の遊び。)「忙しいので、どうしても必要があったら呼んでくれ」と言っておくのだが、案の定5分おきに呼び出される。ペンキ塗りは一向に進まない。
 お昼はMのリクエストでラーメン。昨日もおばあちゃん家で食べたらしく、気に入っているのだと言う。(ただし昨日は醤油味で今日はとんこつ。)その後二人で車に乗って買い物へ。洗剤とアイスとキットカットを買う。(なんかロクでもないなぁ、こう書いてると……)仕事は一つもできない。遊ぶ。
 さすがにミックス・ダウンに立ち会わない訳にはいかないので、おばあちゃんに預けて祐天寺へ。すでに仕上がりつつあり、とても良い感じだ。さて、どのようなリリースの仕方が最良に形なのだろうか。

 何はともあれ、作品を創っている時はとても気分が良いものだ。他の事すべてが些細な事のように思えてしまう。おそらく上京してきた時の強烈な印象、その時感じた不安感や開放感等がゴタマゼになって、この季節ボクはひどく憂鬱な気分になってしまうのだが、モノを創っている事でどうにか世界を素晴らしいモノだという目で見る事ができる。それってとても良い事だと思いませんか?

 あぁ、もう寝ないと!

2006年04月03日

クレイマークレイマー#3

 朝起きるとMはとりあえず喋れるくらいに回復していた。熱はまだあるものの、大丈夫なんだと思う。(何しろ昨日はほとんど喋りさえしなかった。高熱とはいえ、とてもめずらしい事なので、実は若干心配していたのだ。子供はあまりに小さくて何が起こるかわからない所がある。)水をガブガブ飲む。ボクはチーズとトーストを食べ、Mも昼前にセブンイレブンのがんもどきのおでんを半分食べた。コンビニのおでんはMの大好物で、ボクはコッソリ昨日買っておいたのだ。食べれるようになったので、もう安心した。
 今晩はローリング・ストーンズを一緒に見に行く予定だったが、本人の希望もありマッタ実家へ預ける事にする。Mとおばあちゃんは大の仲良しで、今朝も「大きくなったら毎日おばあちゃん家でお泊まりするのだ。」と言っていた。寂しくないんだという。ボク自身は仲の良い祖母・祖父を持った事がないので、ちょっと羨ましい気がしないでもない。大きくなるにつれて色々な人の生き方から学べる事はとても多いのではなかろうか。どう育っていくのだろう?

 ボクはローリング・ストーンズを見に行く。

 今晩のストーンズは本当に素晴らしかった。ボクは何度か思わず涙しそうになってしまった。ストーンズが日本を離れていくかと思うとたまらなく寂しい気分に襲われてしまった。でもこの事は改めて書こう。

 マッタ実家に戻ったのは夜10:30を回った頃で、Mはコンセントと延長コードを部屋中に張り巡らせて壮大なネットワークを作って遊んでいた。これはいつ果てるとも分からない遊びだ。さぁ、今日はもう帰ろうぜ、相棒!明日はズボンズのミックスダウンだよ。

2006年04月01日

クレイマークレイマー#2

 Mが足元で昏々と寝続けている。熱は下がらない。

 今日は一日二人してウチにいた。とはいっても高熱のMはめずらしくリビングに新設された自分専用ベッドから出ることなく、ボクはその側でメールを書いたり、翻訳したり、本を読んだりしていた。なんだかとても時間が沢山あった一日だった。(先日山川健一氏が送ってくれた新作の長編小説「夜の果物、金の菓子」を一気に読んでしまった。とても興味深い話だ。今度本人に会って色々聞いてみたい思う。)なんとなくいつもいる人間がいないと寂しいものではあるけれど。実際静かに時間は流れている。

 NHKで仕事と子育てに関する男と女の本音を語り合う番組をやっていた。(偶然つけたらそれだった。でも偶然ではないかもしれない。)正直言ってボクは仕事大事人間である。仕事をやる事が生きる事と同等だという考えの持ち主だ。それは北極の氷盤の亀裂よりも深い認識である。ただし、仕事を愛している場合に限られているけれど。でも仕事を愛していない人間に一体何の「仕事」ができるのであろう?
 一方、子育てとは?それは考えるだけ無駄である。子供の存在を認めて、とにかく一緒にやっていくだけでボクには精一杯である。それはライフスタイルだ。それは特別な事ではないし、もの凄く大変な事ではない。自分の人生の中にもう一人の存在を認め、そのスペースを空け、できるだけお互いのためになるように楽しんでいくだけだ。結果がどうあれ。ある意味では壮大な実験であり、ある意味ではアートだ。でもつまりは人生そのものが実験でアートなのだから、と思う。
 とは言え、その人の直面している問題はその人にしか見えてないものだから、全て一般論で片付ける事はできない。その時どういう行動をとるか、それはその人の哲学であって、その人の生き方なのだから、結局。

 夜に一人で過ごしていると、無性に甘いものが欲しくなる。(もちろん、そうでなくてもだけど)キッチンを漁ってみるとチョコレートが、まるで埋蔵金のように沢山でてきたので、ばくばく食べてしまった。(アンパンマン・ペロティーなんてのもあった。)チョコを夜沢山食べると寝付きが悪い。もうちょっと本でも読もうかな。明日ストーンズなんだよな……。